テクニックをつけるための極意

僕がこれまで、奏法やテクニックの話より
どちらかというと音楽に対する意識的な話や考え方についてなどを
中心に話をしてきました。

それは、音楽に対する根本的な意識が土台となり
その上においてテクニックや奏法が成り立つと考えているからです。

上澄みのテクニック論だけに終止する事や
こうすればいい、という答えだけを与えることは何も意味をなさないと思っています。

音楽をする価値というのは、
音楽を演奏する人が100人いれば、100個の価値があり
その音楽を聴く人が100人いれば、100個の価値があると思います。

その価値というのは、
必ずしも芸術的価値や経済的価値とは比例しません。

つまり、プロが大舞台で演奏する音楽の価値と
今日、初めてサックスを手にしてなんとかキラキラ星が演奏した音楽の価値は
同じという事です。

同じだけの価値を持ち、同じだけ尊い音楽だということです。

この考えを根本に持っていないとテクニックのみが助長され、
テクニックはありさえすればいい、テクニックがある音楽だけが良いと、
ある種、金融資本主義の様にお金さえあればいいという悲しい現実になってしまいます。

いつかはリーマンみたいに潰れてしまいますよ(笑)

とは言うものの、
しっかりとした意識を持ち、何かを表現しようとすると

必ず、テクニックが必要になってきます。
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テクニックをつけるためにはどうすればいいのか?
実は、テクニックをつけるためには極意があります。

それは、

感情を捨てること
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ええっ?今までと言っていること違うやん!と思うでしょうが
テクニックをつけるという事にフォーカスすると、感情は邪魔になります。

すなわち、テクニックをつけるということは

「出来ているか」と「出来ていないか」を厳しく判断する
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ということだからです。

例えば、
速いパッセージであれば
メトロノームをつけて、そのテンポに
「ハマっているか」「ハマっていないか」を判断する

ビブラートであれば
曲のテンポの対して、一定に波が
「かかっているか」「かかっていないか」を判断する

タンギングであれば
そのテンポでタンギングが
「できているか」「できていないか」を判断する

音色であれば
自分のイメージした音が
「出ているか」「出ていないか」を判断する

これらの判断に感情はいりません。

むしろ、音楽表現的にこうしたい、
自分はこーゆー風に吹きたいなどという感情が、
その判断を甘くさせたり、狂われる結果に繋がります。

テクニックをつけるのが目的の練習であれば、
甘えや感情は捨てて、ロジカルに、機械の様に、正確に、です。

ジャッチとしては、○か×です。

テクニックをつける練習とは

練習→確認→判断→修正→練習→確認→判断→修正・・・
これの繰返しです。

僕は、以前から何のために練習するかを考えろ
と言って来たのですが、その事を言い替えると

何を判断するのかを決める
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ということだと思います。

もし、その判断ができないのであれば、他人に聴いてもらう。
もしくは、ICレコーダーに録音して自分で判断するかです。

練習をしていると、
どうしても大半がテクニックをつける練習に終止してしまいがちになります。

ただ、それだけではもったいないので
音楽表現はテクニックだけで終わらせないでください。

それには、何を表現したいのかを常に考えないと迷子になります。
何を表現したいがために、どんなテクニックが必要なのかというところを
じっくり考えてほしいと思います。

一番、最初に言いましたが

音楽に対する根本的な意識が土台となり
その上においてテクニックや奏法が成り立つのです。

感情を持つこと
感情を持たないこと

この二つをバランスよく使い分けていくことが、上達につながると思います。

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