渋谷が教えてくれたこと

渋谷に来ている。
明日、友人の結婚式に出席するためだ。

結婚式の余興では、
サックス&ギターで演奏を披露する。

本日は渋谷のホテルに泊まり、
明朝、渋谷のスタジオでリハーサルをしてから
外苑前の式場へ向うことになっている。

7年間住んだ東京であらためてホテルに宿泊するというのは
なんとも不思議な気分である。

見慣れた街並もすれ違う人の多さもすべてが異質に感じてしまう。
以前であれば、このまま井の頭線に乗り下北経由で小田急線に乗り換える。
しかし、今、電車に乗り込んでも僕には帰る家はない。

東京に住んでいる時は、渋谷に訪れることが多かった。
渋谷にある楽器店でレッスンを受けたり、
渋谷のライブハウスでライブをした。
大好きなMac storeも渋谷にある。

何かしら用事がないと訪れない場所だが
訪れる事が多いのはそれだけ渋谷に用事があったということだ。

用事がないと訪れない理由は、渋谷が嫌いだから。

シブヤキライ シブヤキライ シブヤキライ シブヤキライ シブヤキライ。

もし、世界で一番嫌いな「場所」はどこか?と問われれば、
間違いなく渋谷。それもスクランブル交差点と答える。

渋谷のスクランブル交差点に初めて訪れたのは 高校生の時だっただろうか、
確か…高校2年生の夏休みだったと思う。

当時、楽器のリペアマンになりたいと思っていた僕は
東京にあるリペアの専門学校の夏休み体験入学ツアーを行った。

単身で上京するのは初めてだった。

神戸も決して田舎ではないと思うが、
TV番組で映し出される首都・東京は
やはり強い憧れと心の奥底には劣等感がある。

渋谷は文化の街だとか、若者の街と言われていて
当時の僕が『東京』をイメージする場所が渋谷。
そしてその象徴が渋谷のスクランブル交差点だった。

東京に行けば何かがある。
渋谷のスクランブル交差点に行けば何かがある。
文化の中心に行けば何かがある。

世間知らずな高校生の僕は、漠然とそう思っていた。

訪れる専門学校の一つが渋谷にあった。
渋谷駅に降りる。
意外と狭い駅のホームに少し驚いたのを覚えている。

有名なハチ公前の改札を出るとお祭りでもやっているかの様な人だかりだった。
目線を上げるといくつものエキシビジョンがこっちを見ている。
TVで見た風景がここにあった。

いよいよ、スクランブル交差点を渡る。
横断歩道の先頭に立ち、信号が青になった瞬間に歩き始める。

僕はスクランブル交差点の中心を目指す。

何を確かめたいのかわからないが、
できればその中心で立ち止まりたかった。

しかし、思った以上に人の波はすごい。
横から、後ろから、前から人の波はどんどん押し寄せてくる。
その人の波は交差点を渡り切れなかった車をあっと言う間に飲み込んだ。

人を避けるのに精一杯で
スクランブル交差点の中央に立ち止まるなど、もってのほかである。
人の波に流され、人の渦に巻き込まれて、何とか向こう岸に着くことができた。

僕の初めての渋谷スクランブル交差点体験は終わった。

スクランブル交差点の中心には
何もなかったのは言うまでもない。

そう。
僕が目指した『中心』には何もなかったのだ。

東京から神戸に帰った。
TVを付けるとニュースの合間に渋谷のスクランブル交差点の映像が映る。
空から映し出されるスクランブル交差点を行き交う人は、
小さな粒に見え、得体の知れない粒達がスクランブル交差点に増殖していく。

こんな事を言っては誰かに怒られるが
渡り切れなかった車もバスも飲込んで行く様も
何か身体に悪い菌が繁殖している様子に見えた。

ありもしない何かを求めて、スクランブル交差点の中央を目指し
僕自身がその菌の一部であったのかと思うとゾッとした。

それから僕は渋谷が嫌いになった。

シブヤキライ シブヤキライ シブヤキライ シブヤキライ シブヤキライ。

用事がないと渋谷には行かない。
でも、何だかんだ言って渋谷を訪れるのは
渋谷には、甘い甘い蜜があるからだ。

僕は知らず知らずのうちにその甘い蜜の匂いに誘われ
また、渋谷を訪れる。

でも、渋谷に行くたびに『中心』には何もない事を教えてくれる。

そう。

どこにいても
何をしても
誰に何を言われようとも

『中心』とは、常に自分がいる所だと教えてくれる。
自分の意思がある場所が『中心』だと教えてくれるのだ。

久しぶりに訪れた渋谷。
井の頭線とJRを結ぶ連絡通路からスクランブル交差点を見下ろして
僕はそんなことを思った。

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