サックス奏法はどうやって確立したのか?
サックスは、他の楽器に比べて音を出すのが簡単。と言われています。正直なところ、僕はサックスしか吹けないので本当にそうなのかはわからないのですが、他の楽器を吹けないだけに金管楽器やフルートよりは簡単に音が出ると思います。また、運指についても基本的にはソプラノリコーダーと同じですから、メチャクチャ難しいかと言われればそうでもないです。
簡単なメロディーなら、比較的すぐに吹ける楽器です。しかし、比較的すぐにメロディが吹けたとしても、サックスは簡単な楽器かと言われれば、そうではないと思います。サックスは音が出る様になり、ある程度、指が動く様になってからが難しい。もちろん、サックスだけが特別ってわけではないですが…以前、サックス上達について、何に悩んでいるかアンケートを取ったところ一番、多かったのは「音が良くなりたい」ということ。その次に多かったのは「指が回らない」ということでした。
つまり、比較的、他の楽器より簡単というキャッチフレーズがあるにも関わらず直面している問題は、「音」であったり、「指」である様な技術的な問題です。確かに、サックスは表現できる幅が極めて広い楽器のため、技術力が必要な楽器です。もう少し厳密に言えば「表現力の可能性がまだまだ未知数な楽器」ということになるでしょうか?「音」一つ取ってみてもそうです。クラシック的な音、ジャズ的な音、ファンキー的な音、様々あります。同じ楽器で、これだけ違う音が出るなんて他の楽器では考えられません。電子楽器じゃあるまいし(笑)
これらの理由はサックスの作られた意図と発展してきた歴史を見ればわかります。他の管楽器は、自然発生的に生まれ、分裂し、改善されてきたものなのですがサックスは管楽器の中で発明された比較的新しい楽器です。サックスは1846年に特許を取得しているので、この楽器の歴史は約160年しかありません。発明された目的は木管楽器の運動性と金管楽器の力強さの両方を満たすこと。
遺伝子組み換えみたいな感じですね。作られた目的自体が、なんでもできる万能な楽器を作ることだった訳です。もちろん、いきなり登場した楽器が急に有名になることはありません。サックスという楽器をたくさんに人に認知させるためには、この楽器をめっちゃ上手く吹ける名手が必要です。この名手が現れるというのも時間がかかります。クラシックサックスの父と呼ばれるマルセル・ミュールが生まれた年が1901年。ジャズの分野でもビバップの父と呼ばれるチャーリー・パーカーが生まれた年が1920年。こう言った象徴的なサックスの名手が生まれるまでにも、サックスが誕生してから50年以上はかかっています。
そう考えると、サックス奏法の技術の発展もサックス自体の性能も目まぐるしい速度で進化しているのがわかります。そして、サックスの奏法はどの様に進化してきたかというと「他の楽器を真似すること」だったのです。
フルート、ヴァイオリン、トランペット、クラリネット、歌・・・いろんな楽器のいいところを見習い、サックスの奏法に取り込んできた歴史があります。ジャズに関していえば、ジャズの発展と共にサックスの奏法も確立していった背景があるので、必ずしも「他の楽器を真似すること」に当てはまらない感はありますがクラシックの分野では、他の楽器を模倣することでジャズの分野では、ジャズの発展と共に独自の奏法を生み出すことでサックス奏法が確立していった様に思います。
それゆえにサックスという楽器が持つ表現は幅が広く、選択肢が広い。そして、この先も今までにない新しい奏法がどんどん生まれる可能性もあります。サックスという楽器の歴史をざっと見てみても、奏法を確立するという観点から「テクニック」を求める傾向が強い楽器とも言えます。
もちろん、「いい音」を出すことや「テクニック」を磨くことは、ものすごく大切なことですが、本来、音楽というのは「表現」をするものだと思います。せっかく、表現力の広い楽器なのに、表現力が広いばっかりにその表現力を満たすためのテクニックをつけることに終止している。そんな感じもしなくはないのです。「テクニックがなかったら音符を並べることもできないでしょう?」と言われそうですが、それはその通りです。そのためにテクニックは日々、練習して身につける必要があります。その事に、まったく異論はありません。
しかし、「音」や「指」という問題に捉われ過ぎてそもそも表現するってどうやってするのよ?という事について、誰も伝えていないし語っていないと思うのです。むしろ、「音」や「指」のテクニックが改善されれば自動的に表現豊な音楽になると勘違いしている方も多いと思うのです。さて、前置きが長くなりましたが、本日、僕が伝えたいことはこれです。
音楽表現をしてみよう
「テクニック」が追いついていなくても、今、持っているテクニックで「表現」してみませんか?という事です。僕が学生の時は、音符を並べるのに終止していました。それが出来たら完成みたいな(笑)ぶっちゃけ、何をどう表現していいのかわからなかったのです。
恐らく、「表現しろ」って言われても何をしたらよいのかわからないと思います。よく言われるのが、作曲家の意図を理解して、楽曲の分析をしたり、その曲のエピソードを探したり、楽曲形式やコードの分析をしたりその曲が作られた時代背景や思想を研究したり僕も、全然わからないなりに、よく研究していました。ただ、僕が至った結論はこれらは研究であって直接「表現」することとは別次元の話だという事です。
もちろん、その曲の時代背景や作曲家の意図を知る事は重要なことです。研究をすることによって得る「知識」から、何かしらのインスピレーションやイメージが出来る場合もあると思います。しかし、そもそも作曲家の意図をそのまま再現することなんて不可能だし、誰もそんなことを強要しているわけではありません。
何を表現するかは完全に「自由」です。昔からある議論ですが、演奏家は、作曲者の意図を理解し、その形式や作風を理解した上でそれらを伝える演奏をする(つまりは、再現音楽に徹する)という考えとあくまで曲は素材であって、演奏家は自己表現のために演奏する(例えば、清水 靖晃さんのバッハの無伴奏チェロ組曲は、後者による演奏だと思います。)この二つの方向性があります。
これらの議論には正解はありませんし、どちらの演奏も意義があることだと思います。自分が何をどう演奏するかは、本来、他人に決められることではありません。「じゃぁ、結局どうすればいいの??」という声が聴こえてきそうですね(笑)
音楽表現=歌う
これは、先ほどの議論のどちらにも共通している表現をするためのもっとも簡単な方法で、もっとも基本的なことは「歌うこと」です。つまり、表現するとは何かと問われれば「いかに歌うか」という事だと思います。作曲者の意図とか、作風とか、背景とか、また、自分なりの表現とかとりあえず、それはそれで置いといて、表現するという行為そのもののベースにあるのは歌う事なのです。
その曲を、そのフレーズを、その音をどの様に歌いたいのかを考えてください。いや!違った。考えずに「実際に歌ってください。」頭でイメージするのではなく、実際に歌ってみることが一番、効果的です。歌謡曲を練習しているなら、実際に歌詞付きで歌ってください。日本語の曲なら、日本語で。英語の曲なら英語で歌ってください。(喋れなくても雰囲気だけOK)歌詞がついていない曲なら、どんな言葉でもいいです。スキャットでも、シラブルでも、その音の持っているイメージの発音(言葉)で好きな様に歌ってください。
ジャズならジャズっぽく。クラシックならクラシカルに。演歌ならコブシを効かせて(笑)音源があるなら、自分の聴こえた様に実際に歌う。音源に頼らないなら、自分の歌いたい様に実際に歌う。耳コピをするなら、聴こえたフレーズを実際に歌う。楽器を吹きながら、歌おうとするとなかなか難しいのですが、実際に歌ってみるとイメージが掴みやすいのです。
この「実際に歌う」というひと手間が一番大事です。実際に歌う→楽器を吹く→録音する→聴く→実際に歌う→楽器を吹く→録音する…この繰返しです。実際に歌った時と楽器で吹いた時の差を少しずつ埋めていきます。そうすると、歌のイメージのまま、楽器でも歌える様になります。表現について「歌う」時の注意ですが、決して「ドレミ」で歌わないことです。
僕は、いろいろなところで「ドレミ」で歌ってください。と言っていますけど、これは、「ドレミ」を認識する目的においてです。楽譜を読む能力を養う時や、いかに指を動かすかといった時は「ドレミ」で歌うというのは非常に有効な方法になるのですが今回は「表現する」が目的になるので、「ドレミ」で歌うのはNGです。
一つ一つの音が持つイメージの言葉(発音)を見つけてください。もしくは、歌詞がある曲は、その歌詞で実際に歌ってください実際に歌ってみると、自分のどの様に「表現したいのか」というのが見えてくると思います。それをそのまま歌いながらサックスを吹くと実際に歌っているようにサックスで吹く事ができます。さぁ、あなたの表現(歌)を聴かせてください。