世界を増やすということ

僕は、数年前から一貫して音楽とはコミュニケーションであると主張しております。以前の記事で表現すること=世界を創ることとお伝えしましたが今回は以前とは違う視点で復習をしながら、その創造された世界は広がっていくということを、コミュニケーションの観点から少し補足したいと思います。

以前の記事

以前の記事では、さて、この様にあなたの言葉(芸術も含む)によって産み出した「世界」。この「世界」は、単純に増えていくというお話をしたいと思います。コミュニケーションと言うと、伝達であるとか、キャッチボールであるとかそんな風に言われる事が多いと思います。正確に言うとコミュニケーションとは、概念の複写(コピー)なんです。

例に出して説明しましょう。あなたが恋人の事を『好き』だとしますね。もし、コミュニケーションが伝達の手段であるとするのであれば、あなたが『好き』であることを、恋人に伝えた瞬間にあなたからは『好き』という概念がなくなって、恋人のところに移ることになります。

伝達ってそういうものですよね。郵便でも、手紙でも、送ってしまえば「物」は自分のところから相手へ渡され自分の手元には何も残りません。でも、そうじゃありません。あなたが恋人へ「あなたのことが好きです。」と伝えたところであなたの好きという想いは消えません。重要な事は「好き」という概念が恋人の中に増えている事です。恋人の中では、「あなたは、わたしのことが好きなんだ」という新しい世界が恋人の中に創られるという事です。

この視点でいうとコミュニケーションは、概念の複写(コピー)なんです。世界は、単純に増えていくものなのです。この意味においても、「表現する」というのは新しく世界を創っているということを理解できると思います。だって、まさしく恋人の中に「あなたは、わたしのことが好きなんだ」と言う概念が新しく創造されているのですから。

世界を増やす責任

僕達は、ここで一つ自覚しなくてはなりません。『表現する』ということは、
新しい世界を創り、そして、それを増やしていくことだということです。増減するものではなく、ただ単純に増えていくもの。それは、とても責任が伴うことです。例えば、相手のことを「あんたなんか嫌いだ。」と言ってもいいわけですけど、それは、相手の世界に「嫌いだ」という世界を増やすんだという自覚のもとにやるべきなんです。

自分の世界ではないんですよ。相手の世界に影響が出てしまう。その言葉ひとつで相手の可能性を広げることもできればその言葉ひとつで相手の可能性を殺すこともできます。また、これらの事から相手の話を聴くという事がどれほど重要なことであるかもわかると思います。

相手が伝えたい「世界」をどれだけ正確に汲み取ることができるのか。溢れるばかりの気持ちをたった2文字の「好き」という言葉に収める手段しかない様に相手が発した言葉は、伝えたい「全体」のたった一部を切り取ったものなんだと知っておく必要があります。その言葉だけで相手の事をわかったつもりにならない、また、自分の曲がった解釈によって、相手の「世界」をねじ曲げてしまう危険性だってあります。コミュニケーションをする時に自分から発する言葉や表現は、どれだけ丁寧でも丁寧過ぎることはない。相手から発せられた言葉や表現は、どれだけ丁寧に聴いても取りこぼしがある。その様な誠実な態度が必要です。自戒の意味も込めて…